京都大学理学部という自由の楽園で過ごした4年間

Kyoto University Advent Calendar 2019の24日目の記事。

世間はクリスマス一色に染まって大学の同期たちも浮き足立っている様子なのだが、自分は今日も静かに一人でパソコンの画面に向き合っている。

そんな具合でブログ更新。

もともとこの京大のアドベントカレンダーでは彼女ができないという非リアネタを爆発させつつ好きなプログラミング言語であるLispについて語るというのを予定していたのだけれど、流石にそれをやってしまうと今後の人生に強烈なタトゥーを刻み込んでしまうのと同時に全く情報系の人以外に全く伝わらないという悲劇が起きてしまうので、このアドベントカレンダーではもっと優しいネタにしようと思う。

ではどうするかというと、京大理学部という自由の楽園で過ごした4年間について語るという内容。

ネタとしては割といくらでもあったのだけれど、なぜこの内容に絞ったかというと来年からとうとう社会人になってしまうから。

大学に入学したての頃は社会人になるなんて遥か遠い先のことだろうと考えていたのだけれど、気がつけばもう4回生であと数ヶ月後には都内の一部上場企業でバリバリの社会人というところまで来ていて、大学4年間を総括するにはちょうどいい時期だし京大アドベントカレンダーという良いイベントに乗っかることで他の京大生(特に後輩)に何かしら良い影響を与えられる(悪い影響を与える可能性もある)という動機でこの内容でいくことにした。

自己紹介

恐らくこの記事を読んでる人の多くはツイッターとかなんなりで自分のことを知っているのだろうけど、ひょっとしたらこのブログで初めましてという方もいるかもしれないので簡単に自己紹介をしておこうと思う。

自分は京大理学部生物系に所属している4回生で、ツイッターはコミさん(@komi_edtr_1230)というアカウントでやっている。

コンテンツとしてはAI系とか情報系のことによく言及していて、理学部生物系という所属でありながら機械学習の人とか情報系の人という認知のされ方がよくされている。

ちなみに生物科学については全くと言っていいほど知識がないので、細胞とかタンパク質、動物の行動などの話には全く対応できない。(なぜ生物系という所属なのに生物科学についての知識がほぼゼロなのかについては後述していこうと思う)

また、定期的に目立つ行動や表現の悪い主張などをやってしまったりしていてよく炎上している人とか炎上芸人という認知も結構されている。

過去にやった(やってしまった)炎上の例として、

などがある。

ちなみにこの2つは両方とも今年の話で、自分でもびっくりするくらい燃え盛った。

名誉(不名誉)あることに後者の記事に関しては今週のはてなブログの2019年11月第1週にて第8位にランクインしてしまった。

自分はこんな感じの人間なのだけれど、京大理学部での4年間をどんな過ごし方をしたらこんな人間が爆誕したかについて振り返ってみようと思う。

(注. 京大理学部自体は非常に良い環境です。それを逆手にとった結果が自分です。)

京大理学部はどんなところか

自分の所属している京大理学部とは何なのか。

Wikipediaには非常に詳しい説明があり、引用すると

京都大学理学部(きょうとだいがくりがくぶ、英称:Faculty of Science)は、京都大学に設置される学部の一つである。(wikipediaより)

とある。

京大理学部について特筆すべきこととして色々挙げられるが、その中でも京大のあらゆる学部の中でもダントツとも言える圧倒的な自由さがある。

最近では天下の京大も文科省からの天下りで来たお役所出身のお偉いさんのおかげでいわゆる京大らしさというものが徐々に失われていっているのだけれど、京大理学部に関しては変わらず京大らしさをキープし続けている。

世間一般では京大に関する言及として

  • 変人が多い
  • めちゃくちゃ自由
  • 天才がいる

などがあるが、もはやこのイメージを形成してるのは京大理学部にあると言っても過言でもない。

同時に、京大理学部の内部の人間から見てこれらの言及は紛れもない事実である。

変人や天才に関しては今回の記事ではスコープ外になるので割愛。

履修と進級の話

例えば授業の履修の話で、他の大学や京大の他学部では必修の専門の授業があるが京大理学部の必修は1回生の時の英語の授業だけである。

もちろんこの分野の授業はn単位分取りましょうというのはあるが、どの授業を履修するかの強制が無く、好きな授業の履修ができてしまう。

これに関して、いわゆる上回生配当の授業も自由に履修することができ、1回生で4回生配当の授業を履修することも可能である。

事実、自分は1回生のときに2回生配当や3回生配当の授業を履修しまくっていた。

さて、この履修の制限が特にないことによって何が起きるかというと、理論上では2回生の前期の時点で卒業研究以外で卒業に必要な授業分の単位(約130単位)を集めることができる。

ちなみに自分は3回生の前期の時点で残り必要な単位は卒業研究だけという状況になっていて、3回生の後期は単位や留年の心配をすることなくのんびりスイスへ留学していた。

このように履修はかなり自由であるので、上記のように授業の単位を取りまくれる一方でめちゃくちゃ怠けることもできる。

聞いた話だと、昔はあまりにも自由だったせいか3人に1人が留年していたらしい。

それを見かねたせいか、現在は少人数担任制度というものが存在し、教授職が学生15人程度を担当して毎期末ごとに面談をして最近どう?的な話を聞く機会を作って学生の進路相談などを行っている。

現在はその少人数担任制度のおかげもあって現在は留年率が5人に1人にまで落ちたらしい。

そうそう、理学部の学生の所属は正式には理学部理学科で、いわゆる数学科や物理学科などの〇〇学科はなく、理学部理学科の中で数学系や物理系のような系が存在する。

これは学生は一つの分野に固執することなく分野を横断して好きなことを勉強してほしいという願いからこのような形式を取っているらしい。

なので自分の所属の正式名称は京都大学理学部理学科生物系だったりする。

この系登録は2回生から3回生になるタイミングに行われるのだが、このタイミングである程度の単位数を集めておかないと系登録が認められず留年する。

余談だが、自分の今住んでいるマンションの1階上には理学部の同期が住んでおり、彼は留年中でまだ系登録ができておらず、彼の母親は流石に現状を見かねて現在は彼と彼の母親が2人で住んでいて、たまに作りすぎた夕飯のおかずをお裾分けしてもらえる。先日もおでんをいただいた。おいしかった。

系登録は2回生から3回生になるタイミングで行われるが、系登録後は各系での演習型の授業がある。

化学系だと実験があるし生物系ではフィールドワーク、物理系では演習がある。

ちなみにこれらの演習などは履修を推奨されているが必修ではない。

お察しの通り、自分は履修していない。

研究室配属は3回生から4回生になるタイミングで行われるが、研究室配属後については単位を与えるかどうかは各教授に委ねられていて、ここらへんについては他の大学などと大して変わらないだろう。

授業の話

先述にて自分は生物系という所属であるが生物科学の知識がほぼゼロとあったが、これは主に履修していた授業が生物系以外が約半分を占めていたからである。

自分が履修したのは統計力学数値計算、データ解析、微分方程式論などで、生物系の授業についてはかなり消極的であった。

もちろん、全てが生物系以外の授業というわけではなく生物系の授業もいくつか履修していたのだが、特に授業には出席していなかった。

生物系の授業については、履修しては学期間中は別のことを勉強し、期末だけ生物系の勉強をして乗り切っていた。(あまり良いことではない)

この点について絶対に言及しておかねばならないのだが、京大理学部は授業に出席しなければならないという考え方を極端に嫌っている

というのも、形として授業に出席することよりもちゃんと学んでいるかということを重視しており、特に数学系の教授に関しては一切出欠確認をしない。

要するに期末のテストやレポートができていれば良いのである。

この件に関して、かつての伝説のシステムとして二重登録や三重登録があった。

履修登録制度がウェブ上で行われるようになるまでは履修登録は紙で行っていたのだが、(バグなのか仕様なのかわからないが)同じコマに複数の授業を履修することができ、ある授業を履修するだけして他の授業に出席し、期末にテストを受けるだけでそのコマの複数授業分の単位を取得するという荒技を行うことができたのである。

現在はできなくなってしまったのは非常に悔やまれることである。

さて、そのような具合で理学部は自由で良いところなのだが、それを上手いこと活用することで自分は今までなんとかやりくりしていた。

研究室の話

今自分がいる研究室は特にコアタイムが存在せず、月曜の午前中に1時間と水曜の午後に2時間だけ集まりがあるだけで、それ以外は基本的に自由となっている。

もちろん毎日研究室に来ることが推奨されているが、絶対ではないので自分は基本的にバイトに行っている。

自分の研究室は特に厳しい感じではなく、学部4回生についてはめちゃくちゃ緩く扱われており、その中でも学部就職組については更に緩い。

その象徴として、まず卒論が無く、期末にまとめ発表をやるだけとなっている。

他にも、研究室での発表は英語で行われるが、4回生は日本語で良い。

自分が発表する際はボスから英語でやらへんの?wと煽られるので仕方なく英語で発表しているが、留学していたおかげもあってこの点に関しては大してストレスがない。

とりあえず今の研究室はこんな具合となっている。

自由の楽園で何をしてきたか

京大理学部は上記のような具合で本当に自由な世界となっており、何をするかは本当に学生本人に委ねられている。

サークルや部活、バイト、趣味、勉強など自分の好きなことに取り組むことができる。

勉強とツイッター

さて、自分は何をしてきたかというとひたすらプログラミング関係と統計学機械学習を独学で学んでいた

大学に入学する前後でプログラミングを始め、そこから今まで一貫してひたすらプログラミング関係をやってきている。

ここで重要なのが独学というポイントである。

自分の所属は理学部であるわけだけれど、周りの人間の多くは理学(数学や物理学、地学、生物学)に興味がある一方で工学に興味がある人間は多くない。

なので工学である情報系についての勉強内容を学部の同期と共有することは特にないのである。

ではどうするかというと、ツイッターが勉強の共有相手となる。

ツイッターは入学前からやっていたのだけれど、情報系の云々を垂れ流していた結果、工学部の友達がめちゃくちゃ増えた。

現在ツイッターで繋がっていて交流のある京大の同期のほとんどが工学部(特に電電が多い)なのは自分の持っているコンテンツが今も昔も情報系だからというのが起因している。(理学部の同期は一応FF関係にあるがリプやファボのやり取りはほぼない、恐らくミュートされていると思われる)

さて、最初は京大生コミュニティをメインでやっていたツイッターだったが、勉強内容をシェアし続けていると次第に同じことを勉強している他大学の人や社会人にも繋がっていった。

自分がいわゆるAI系の勉強を始めたときはまだメディア等でAIがバズりまくる一歩手前くらいの時期で、今ほど参入してくる人が多くなかったのもあって当時では若干レアキャラみたいなところがあったと思う。

なので勉強内容の共有相手というのがそもそも多くないので、ツイッターで繋がる先が京大生コミュニティに閉じなかったのはある意味自然だったのかもしれない。

自分のやったことについて誰かから反応がもらえるとやはり嬉しいもので、そうすると更にがんばろうという気持ちになる。

ツイッターでは反応が非常に色々もらえるしフィードバックや強い人からのアドバイスやブーメランをたくさんもらえるので勉強が更に捗るのである。

この点については自分が尊敬しているTJOさん(@TJO_datasci)が言う炎上ラーニングに近しい何かなのかもしれない。

このような具合で形成されていったのが今のアカウントなのだが、現在自分の見ているタイムラインは

  • 社会人エンジニア、データサイエンティスト (50%)
  • 情報系の学部生、大学院生、教授 (30%)
  • 経営者 (10%)
  • 理学部同期(5%)
  • その他 (5%)

というような構成比となっている。

様々な機会に恵まれた

今までの大学4年間を振り返ってみると自分は機会に恵まれていたなぁとよく思う。

自分はずっとAI系の勉強をしてきたのだけれど、学部2回生の頃から日立製作所の基礎研究所にて研究に携わらせてもらい、これは非常に大きかったと思う。

本来なら大学院生や社会人で学ぶようなこと(発表の仕方やドキュメントの書き方、コーディングスタイル、社会人でのビジネスマナーなどなど)を色々教えてもらうことができた。

f:id:komi1230:20191221024335j:plain
日立の基礎研での自分のデスク。デュアルディスプレイだった。

他にも友人の紹介でアジア情報学セミナーという国際セミナーに参加した。

f:id:komi1230:20191221024906j:plain
飛び込み参加だったが色々発表を聞いた

AI系以外で言えば、なんとなく履修していた授業が非常に少人数で、その先生に気に入ってもらってオオサンショウウオの生態調査に連れて行ってもらい一緒に捕獲作業をさせてもらったこともある。

f:id:komi1230:20191221024130j:plain
9.8Kgの大物を捕獲した。

こうしたことは普通に大学生をやっていたら絶対にあり得ないことなので、自分はチャンスに恵まれたんだと思う。

大学生活を通して学んだこと

こうして色々振り返ってみると、私大文系でサークルに入って云々みたいな量産型大学生に比べて自分はかなりイレギュラーでクレイジーな大学生活を送っていたと思う。

多分これの背景としてあるのは、なんやかんやで勉強が好きだったこと自発的にチャンスに飛びついていく図太さの2点が大きいのかなと考えたり。

やっぱり受身な姿勢をとっているとその果ては普通か普通未満しかないような気がしている。

引き寄せの法則じゃないけど、チャンスが巡ってくるのは結局チャンスを欲してる人間なのかなと。

もちろん、チャンスを得るために自分から色々行動することめちゃくちゃ大切で、堂々としていること行動力はかなり重要だと思う。

これは良くないことなのかもしれないけど、時にはハッタリをかますこともやり方としてはアリだと考えている。

自分の場合、基本的にだいたいハッタリかイキリで、それでチャンスを掴んでから実力を後から間に合わせるというようなやり方をかなりやってきた。

浪人からツイッターで繋がっている超優秀な東大の友人がこんな良いことを言っていたので引用しておこうと思う。

先にイキっといて実力後から間に合わせるぐらいじゃないと人生足りないことに少し前に気付いた

本当にこれに尽きる。

実力のある人間にはチャンスが降ってきてそのチャンスを活かして更に実力を高めていっており、世の中の構図というか周りの人間を見ていて思うのは、基本的に実力とチャンスは相互に正のフィードバックがかかっていて、このループ状態に入るための初動としてハッタリやイキリは必要なんだと思う。

どこまで自分の人生に対して主体的になって図太くなれるかがある意味勝負。

実際、学部2回生とか3回生から教授にアピールして研究室にデスクを用意してもらって3回生とか4回生で国際学会に論文を通すような人もいる。

インターンの獲得とかについても同様。

もちろん、これ以前の話で自分が何に興味があるのかとか何が好きなのかを明確化させることもかなり重要なんだけれど、このステップにおいてもとりあえず色んなことにチャレンジしてみないと自分がそれが好きなのかわからないので、やっぱりとりあえず動いてみるというのが結局重要だと思う。

京大理学部という最強に自由で自主性が全てを左右する環境で生きてきて、自主性を発揮して行動を起こすこと、これが自分が京大で学んだことだと言える。

終わりに

長い長い人生なので今後自分がどこに向かっていくかについて明確な言明はできないけど、大学で学んだことはきっと活きてくるはずなので、そこらへんうまいことやっていくつもりである。

何がどうなったせいかわからないけどすでにソフトバンクの社員からの期待値がすごいことになっているので、来年の入社後なんとか期待に応えられるように今のうちに実力を高めていこうと思う。

まあ、これもイキリとハッタリによって集めた期待で、すでに新入社員代表でイベントに登壇したり諸々の代表を努めさせていただいており、どうやら実力とチャンスのループには入り込めているっぽいので、今まで通り今後も迫りくるチャンスに間に合うように実力を高めていこうと思う。

大学生活ももうすぐ終わり。

数ヶ月後は社会人の世界にHello Worldをする。

これからもがんばっていこう。